フノノ旅する日記ブログ

The World is Wonderful!◯◯への一歩は必ず踏み出せる!

イスタンブール 6/18 - 6/21 モスク編

メルハバ!

 

ところでトルコのカッパドキア滞在中に、2年前にトルコ・日本友好125年の記念として公開された邦画「海難 1890」を観ました。

人命救助に携わるものとしてエルトゥールル号の話はトルコの消防署では絶対らしいです。

エルトゥールル号テヘラン邦人救出劇の話をすると知らなかったため驚く人も

いれば、非常に嬉しがって話をしてくれる人もいました。

 

さて前回はイスタンブールの街角について、今回はモスク!

モスクいきますよ!飽きるくらい写真も載せます笑

 

イスタンブールに来たなら訪れないわけにはいかない場所....

中学時代に資料集で見た時から夢見ていた場所....

 

ジャーミー!(トルコ語)

モスク!(英語)

マスジッド!(アラビア語)

ミスガッド!(ヘブライ語)

清真寺!(中国語)

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金角湾対岸から望むイスタンブール

左からスルタンアフメトモスク、アヤソフィアトプカプ宮殿

 

市街地にも郊外にもモスクは至る場所に有り、ミナレット(尖塔)が目立ちます。

因みにかつてはミナレットに人が登り肉声でアザーンを言い礼拝の呼びかけをしていたとのことですが、今日は全てスピーカーです。

 

しかし現代トルコ社会では流すのはアザーンだけに限りません。

 

その地域の誰かが亡くなったらそのお知らせは全国レベルで、村などでは納税義務の周知、駐禁車の移動指示、落し物の連絡なども放送するとのことです!

うーむ宗教的な意味だけでなく、市町村の皆様へのお知らせ的な役目もあったとは

知りもしませんでした。モスクのことがさらに好きになりそうです...( ̄^ ̄)ゞ

 

スレイマニエモスク〜オスマン建築の最高傑作〜】

フェリーでガラタ橋へ進むと左方面の丘の上にデーンと見えてくる巨大なモスクが

それです。

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国旗すぐ左がスレイマニエモスク

〜以下、ウィキからの情報です〜

これはオスマン帝国第10代君主スレイマン一世の命により、7年の歳月を掛けて1557年に完成したものです。遠くから見る美しさもさることながら、礼拝堂としてだけでなく

マドラサ(イスラム世界における学院)、医学学校、病院、給食所、宿泊所、商業施設、ハンマーム(大衆浴場)など、多くの付属施設を持ち、複合施設群を形成しています。🔚

 

モスクに入る際、入り口からイスラム教徒と非イスラム教徒で区別をされ、

一般観光客は無料でスカーフや簡易トラウザ、腰巻を借りることが可能です。

入場料も無料です。

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正面より

取り囲む回廊の柱や天井の細密画が美しい

 

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見上げつつも同時に傅かずには居られなくなってくる程の幾何学紋様

 

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メッカの方角(キブラという)に向けてミフラーブと呼ばれる窪みがある

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モスクの庭から金角湾、ガラタ地区を見下ろすことができる

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黄昏時のスレイマニエモスク

 

上の写真にもあるように、丘の上にあるため庭からの景色が良く、夕暮れ時には

カップルや家族連れが多く集まったりしていました。 

 

 

スルタンアフメト・モスク〜世界で最も美しいモスク】

ボスフォラス海峡対岸からでもその優美なミナレットがはっきりと見え、通常の4本ではなく6本もあるのが特徴的です。モスクの壁は白地なのに対し、屋根は青の色調で統一されている美しさから別名『ブルーモスク』とも呼ばれています。

 

オスマン帝国が栄華を極めたことが見るだけでガンガン伝わり、

またモスクの巨大さや完璧なまでの対照的なデザインに圧倒されます。

しかし、じっと眺めているとなんかこうガ◯ダムのズ◯ックの頭部に見えてくるのは、

自分だけではないと思いますが。どうでしょうか...

嘘か真かラ◯ュタの城のモデルにもされたとか。

それもどうでしょうか....

 

はい、とりあえず見てください!

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「口やかましいトルコ人だと思わないでね❤︎」が口癖のジャンが

連れてきてくれたSeven Hills Hotelの屋上から

 

上記のSevel Hills Hotelの屋上レストランからの眺め。

みなさんここは隠れスポットですよ!レストランで食べなくても、ホテル宿泊者でなくても、「屋上に上って景色を見たい」と言うと快く通してくれます。

ここからの景色は圧巻そのもの。スルタンアフメト・モスクアヤソフィア両方が目の前にバーンと見えるだけでなく、海峡からマルマラ海、対岸のユスキュダルやカラキョイまで360度の大パノラマを拝めます。

 

訪れた際は是非、Sevel Hills Hotelの屋上へ!

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 夕暮れ後のブルーモスク

 この時のトルコはまだラマダーン期間中でした。

それに関してジャンは巨大なモスクがサイトアップされる理由を次のように教えてくれました、

「日没後によってラマザーンは終わるけど、場所によってはモスクからの知らせが聞こえず気づきにくい人もいるわけ。そういう人の為にライトが点いたら飲食を再開してもいいと遠くからでも分かるようにジャーミーをライトアップしてるわけ。」

ふむふむなるほど!これは勉強になりました。

 

アヤソフィア

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Seven Hills Hotel屋上より

 言わずと知れたトルコに限らず世界を代表する巨大建築物、ビザンティン建築の傑作。

スルタンアフメト・モスクと同様、誰もが一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。

 

元来は正統派キリスト教の大聖堂であり、その歴史は4世紀まで遡ります。

〜以下、ウィキより〜

 東ローマ帝国ビザンツ帝国ビザンティン帝国)時代に正統派キリスト教の大聖堂としての建設を起源とし、帝国第一の格式を誇る教会、コンスタンティノープル総主教座の所在地であったが、1204年から1261年まではラテン帝国支配下においてローマ・カトリックの教徒大聖堂とされていた。その後は1453年5月29日から1931年までの長期間にわたりモスクとして改築を繰り返し使用されて現在の特徴的な姿となり、後に世俗化された。1935年2月1日から博物館(トルコ語: Ayasofya Müzesi)として使われている。🔚

 

そう実はかなり昔から博物館になっているんです!

他のスレイマニエもスルタンアフメト・モスクもしっかり礼拝堂としての

機能を果たしているのに対して、アヤソフィアは博物館。

ということで、入場料が発生します!40TL(約1,200円)!

 

正直、そんなこととは露知らず他のモスクと同様自由に出入りできると

思い込んでいたのでゲートで料金パネルを発見した時はギョッとしました。

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ミナレットの一本が煉瓦造りになっているのも特徴的

 

茹でトウモロコシをかじりながらどうするか二人で考えた結果、

次回にすることに!笑

 

東ローマ帝国ユスティニアヌス帝は537年の献堂式の際、古代イスラエル王国のソロモン王が建てた神殿をも凌ぐ美しさや偉大さを兼ね揃えた建築物であると賛し、

「ソロモンよ、我は汝に勝てり!」と叫んだと伝えられています。

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Seven Hills Hotel屋上より 二つを同時に見れてニヤニヤが止まらない!

 

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金角湾の出入り口付近よりアヤソフィアを除く

 

ここでこのモスクの歴史全てを語るには荷が重いですが、実物を自分の目で

確かめ、感じるということが歴史を知るのにどれ程大切かを再認識しました。

 

時代、宗教や支配者を越えながら修復や増築を繰り返し、

今の私たちに人類の創造的才能を表現する傑作と言えると思います。

 

どうだったでしょうモスク編。

次回は、奇岩群でお馴染みのカッパドキアについてお伝えしたいと思います。

 

またより詳しく東ローマ帝国の栄枯盛衰、オスマントルコへどうその時歴史が動いた

かを知りたい方はイタリア史に精通した塩野七生氏の『コンスタンティノープルの陥落』👇を読んでみてはいかがでしょうか!

https://www.amazon.co.jp/コンスタンティノープルの陥落(新潮文庫)-塩野-七生-ebook/dp/B01MFFPAF6

 

ではギュレギュレ〜!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたはストリートワークアウトを知っていますか? 友達の夢を実現させたい!

あなたはどんな健康法や環境で運動したりトレーニングしていますか?

 

ジョギング、トレラン、様々なヨガ、登山、サイクリング、筋トレマシン 等々....

 

身体を動かすと一口に言っても、自分たちの生活の周りにはありとあらゆる機会が溢れ、また各々の趣味嗜好やレベル、目標に合わせることが可能になっていると思います。

 

そんな今、「ストリートワークアウト」という健康目的とした筋肉トレーニング方法を

ご存知でしょうか?

筋肉トレーニングからさらに発展してパフォーマンス要素をも含み、アメリカやヨーロッパ諸国などではすでに広く知られ、世界大会も実施されるまでに活発化している、

それがストリートワークアウト!

私も初めて聞いた時は「屋外でやる筋トレ器具を使ったものの類なのかな?」と

思いましたが、聞けば公園の鉄棒でもできるというお手軽なものであるのに、

アクロバティックでとても人間業とは思えないテクも数多くあるので驚きました。

 

私のように「ストリートワークアウト」と聞いて首を傾げる人もいると思いますが、

考えてみると日本のテレビではかつて筋肉番付やSAKUKEといったショー&パフォーマンス番組が流行っていたので、案外身近に感じることができるのではないでしょうか。

 

さて、そこで本題にもあるように学生時代からの友人が大阪にストリートワークアウト専門のスポーツジムを作ろうとしています。しかも日本で初の!

 

彼はこれまで働きながらも、ジムでの筋トレから身近な公園や外で身体を動かす、ということに視野を広げ、そして「ストリートワークアウト」に辿り着きました。

現在は大阪で関西ストリートワークアウトという団体の代表をしつつ、専門のジムをつくるためクラウドファンディンによっても全国から支援を募っています👇

 

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 関西ストリートワークアウトの皆さん!

年齢層も幅広い!

  

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公園でのワークアウト風景( ̄^ ̄)ゞ

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 実際の大会で使用する鉄棒スタンド!

今まで温めてきた夢を実現させるために新たな世界に踏み出す、という友人がいることは自分にとっても非常に刺激になります!そして無条件で応援したくなります。

すでに上陸したとは言ってもまだまだ日本では知られておらず、実施するための十分な環境も整っていない中、仲間を探し、募りグループを作る。そして、その世界において今まで誰もやらなかったことを始める。さらにはアメリカへも足を運びストリートワークアウトジムの視察も行う。

これまで様々な苦労があり、大変な努力をしてきただろうと思います。 

 

彼の実現させようとしていることが少しでも広まり、そして支援が集まればと思い

ブログ記事にしました! どうぞよろしくお願いします!

 

 

関西ストリートワークアウトのページはこちらです👇

 

 

 

 

 

イスタンブール 6/18 - 6/21 街角編

メルハバ!

 

トルコでメルハバとティシュキュレ(ありがとう)を覚えれば、

会話は出来なくてもすぐ仲良くなれます。

しかし最後までティシュキュレはどうも「ティッシュくれ」にしか聞こええなかったです笑

 

ということでイスラエルから「飛んでイスタンブール」編です!

またイスラエルキブツ生活は回想編としてこれからも記事を書いていきます。

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さようならイスラエル 素晴らしい一年をありがとう(Tel-Aviv Jafoにて)

 

 

【英語が通じない!!!】

トルコ・イスタンブール! 中学時代からいつか訪れてみたいと夢見ていた街。

文明の十字路、古代ローマ帝国ビザンティン建築オスマン帝国、巨大モスクにトルコ料理!!!

 

様々な期待を胸に市街地にあるサビハギョクチェン空港に到着。

Tel Avivのように暑いと思っていたら、なんと雨でしかも寒い!天気悪い!

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空港はガラガラ...なんだか段々寂しい気持ちに..笑

 

とにかく市街地まで出るバスを見つけますが全く英語が通じません。

これはあまりにも期待ハズレというか予想外。

トルコではこの後も、言葉の壁でことかなり苦労することになりました。

 

途中、乗り換えのために降りますが次のバスがどれなのかも聞いても通じないから

全然分かりませーん...チーン.... 

とりあえずあれやこれやジェスチャーや地名を言いまくり何とかミニバスに乗り、

ボスフォラス海峡を挟んで対岸のUsukudarウスキュダルに到着。

何日かお世話になるお宅へ向かいます。

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憧れのイスタンブールだー!

左からスルタンアフメトモスク、アヤソフィア

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ボスフォラス海峡の水はこんなにも青い!知らんかった!

 (アジアサイドから)

 

街に出かけますが、フェリー乗り場やイスタンブルカルトというSuicaのようなICカードの購入方法、チャージについてなどことあるごとに言葉の壁にぶつかります...

まあこういうのも旅の一興ということにできますが、早急に基本会話や数字を覚える必要性を感じました。

 

 

【フェリーとガラタ橋と鯖サンド】

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黒海方面を望む 左:ヨーロッパサイド 右:アジアサイド

 

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 船でもよく話しかけられた!

 スタンブールで使いこなせなくていけない交通手段と言えば、そうフェリー。

通勤時間帯は満員電車ならぬ、満員フェリーを見ることもあります。

地下鉄も海の下を越えて走ってはいるのですが、海峡の風を感じつつ町並みを眺めるならやはりフェリーがオススメ!

 

ボーッと眺めるのも良し、チャイを一杯しばくのも良し。

通学通勤観光買い物荷渡し車渡し...

フェリーは街のみんなにとっても日々の大事な交通手段。

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手前:ガラタ橋 奥:スレイマニエモスク

 市街地にフェリーで行くには、ガラタ橋の北側ガラタ地区カラキョイか南側エミノニュがいいでしょう。

またフェリーからはいくつものミナレットやモスクの屋根が目立ち、オスマン帝国時代の繁栄ぶりを今日でも感じることができます。

そして着岸前に必ず目に入るのがガラタ橋。橋自体は1845年開通したものですが、

架かる場所は、古代ギリシャのビザンティオンから東ローマ帝国コンスタンティノープルオスマン帝国イスタンブールと夥しい数の戦争、王朝や帝国の繁栄と陥落・滅亡を繰り返したまさに世界の歴史そのものが詰まりに詰まった中心地です。

 

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毎日小アジやボラ、サバが釣り上げられている

橋の上では餌や釣り具、竿を固定する器具まで様々ものが買えるぞ!

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 ガラタ塔

ガラタ橋に来たらあれを食うしかない。あれを食わずしてイスタンブールは去れない、

と心に決めていたものがあります。名物「鯖サンド」!

 

鯖サンドと言っても鯖の切り身を鉄板でジュウジュウ焼いたものをバゲットに玉ねぎやレタスと一緒に挟んだだけのもの。

しかしここで日本人なら誰しも思う心の叫びは、

「白飯と大根おろしで普通に食べたいわこれ」

です.....

因みにお値段10トルコリラの約300円、そう安くはないです。

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雰囲気出すためなのか船の上で焼いてくれます

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「白飯と大根おろしで普通に食べたいわこれ!」

 

【日本が好きだよトルコ人

これに関してトルコ人のアピール度はこちら側が引くくらい凄いものがあります。

自分はヒゲといつもターバン巻いてるからたまに「お前はアフガン出身か?」と

聞かれることもありましたが、日本人と分かると否応なく話しかけてきます。

よく言われたのが「トルコと日本は兄弟関係だ!」

 

中でも別々に出会った二人のおじさんが日本語流暢すぎました。

一人はジャンさん。イスタンブールでは日本大使館の為に働いたとかテレビ局が来た時はガイド兼通訳したとか、喋るしゃべるはでマシンガントーク炸裂してました。

今はチャイ屋を営んでました。口癖は「口やかましいトルコ人と思わないでね♥」

二人目は旅行代理店のセルジュクさん。こちらは岐阜県に友達が多いらしく何回も訪れたとか、東京にはシングルマザーの彼女さんがいるとかツッコミ所満載な人でしたが、

二人共が共通して話していたのは、4年前頃から日本人観光客はほとんど来なくなって

寂しい、ということ。確かに去年は空港で爆破テロや軍事クーデターで危険な事が起こるというイメージが付いてしまったのも否めません。

それでも自分にとっては人々の温かさに触れ、世界の歴史を感じることができた心に残る街、イスタンブールでした。

 

二国間の関係に目を向けると、明治時代のエルトゥールル号遭難事件やテヘラン邦人救出劇など長い時を経ても結びつきが強いことを知ることができます。

 

以下、各街角の写真です。

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トルコ料理サイコー!

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トルコのパン(エクメク)はシンプルだけど美味しい!

チャイとも切っては切り離せない!

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パーティー用等のドレス屋

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水タバコ(シーシャ)屋 

 

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ランプ、金属食器屋 

 

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キブツ生活 回想編① キブツで振る舞った日本食🍙

シャロームシャローム

 

キブツサマールでは、機会があるごとに日本食もガンガン作り、

みんなに紹介したり振る舞ったりするのが楽しみの一つでした。

 

ここではこれまでに作った日本食とともにキブツの生活も

少し紹介したいと思います。

 

まず先に言うと、お粗末ながら自分が作った日本食は

どれもウケました。レシピも聞かれたり、人気があったものは何回も作りました。

幼少期から料理を教えてくれた親に感謝です。料理の腕って世界中どこに行っても

力を発揮します。

 

それではまず一品目からどーぞー(^^)

 

【卵焼き】

これは大人から子供まで大人気で、テーブルに置いては飛ぶように

消えて行きました。マジで。

 

しかし、キブツに来てしばらく知ったのが、

イスラエルにはベジタリアンやビーガンがもの凄い多い!!!」ということ。

親の影響なのか子供もビーガンという家族もいました。それもどうなんだウーン😐

と思うかもしれませんが、とにかく菜食主義者が多い国!それがイスラエル

 

仮に10人20代の若者集めたら、半分はベジかビーガンなくらいの高い割合。

ということもあり、使う食材にはその後だいぶ慎重になりました。

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毎2月のペースで自分のような国際ボランティアだけで夕飯を準備から厨房の片付けまで全てやる日がありました。

そのおかけで各ボランティアが作る様々な多国籍な料理を食すことができました。

ハンガリーのスープ、ポーランドのリンゴ入り餃子、中華、ドイツのジャガイモ料理、中南米のサラダ、フレンチクレープなどなど(o^^o)

 

 

【お好み焼き】

二品目はお好み焼きです。

卵焼きの際の経験を踏まえ、もちろん卵肉無し。というかイスラエルで豚肉はちゃんとしたミートショップに行かないと入手困難です。

まずは水だけで生地を作ります。焼きそばもないので、米でできた春雨麺を代用として入れることもありました。

キャベツはどっさり、もやし、ネギ、玉ねぎとにかくビーガンビーガンなお好み焼き!

 

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でもこれがまたうけるウケる!

お好み焼きも大人気。

「これは本当に日本食なの?!」と聞いてくる人もいて、

イスラエルでは基本日本食と言ったらミソスープとお寿司だけだと思ってるから

困ったもんだ(笑)

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イギリスと南アフリカのボランティアにもカッティングを手伝ってもらう!

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 肝心なソースは?と思うでしょう。

それは超テキトーに醤油やスウィートチリソースをまあまあの按配で混ぜ少し煮込んだだけのもの.....( ̄▽ ̄) 以上。

 

【インスタント漬物】

三品目。これは本当お手軽なので何回も作りました。

きゅうりとかかぶを切って袋に入れて、昆布だしを振りかけて、

バッサバッサと振ってしばらく置いて完成!

 

いやイスラエルのどこで昆布だしを入手できるんだと思うかもしれませんが、

キブツで自分のホストファミリーになってくれた家族は大の日本通。

9歳、19歳の娘も梅干しをご飯と一緒にモリモリ食べてました。

両親はまだ結婚する前の90年代前半に日本を北海道から鹿児島まで旅をして、

幾つかの出会いの末、鹿児島串木野の山奥の住み込んでお寺を建てたり、

高野山の胡麻豆腐屋でバイトしたりしてた二人でした。

 

ということで、日本には毎2,3年のペースで訪れているし、

今もお寺から出汁や味の素、お茶漬けの素、あんこにきな粉、天ぷら粉、乾燥紫蘇など

いろいろ届くわけです。

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毎週シャバットの夜は家族や近所の人を集め、夕食会。

その度に彼らといろんな創作日本料理も作りました。

 

【五平餅】

今まで日本でも五平餅は作った試しがなかったのですが、

ある冬の日、ホストの家の庭で焚き火をしていて白米が余っていたのでふと思い付きやってみたのが始まりです。

その後、計3回やったのかな。

ボランティアの送別会、 キブツの子供向け、自分の送別会でなど....

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キブツでは焚き火すると必ず人が集まります 

タレは醤油と砂糖だけを煮詰めたものの超お手軽激甘テキトーソース。

本当は味噌も入れれば味にも深みが出てより良いのでしょうが、味噌は

イスラエルでは高いので最後まで使いませんでした。

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自作した五平餅の宣伝ポスター

 

ですが、この激甘ソースが子供にはこれまた大ウケ。

BBQ用の串に自分たちで潰した米を付けさせ、好きな形にして表面焼いて、

タレを塗って、はい完成!

 

ただ親は子供が手や服を米やタレでベタベタにしてくるから大変だー!(笑)

 

【ちらし寿司】

これをまた誰も寿司の一形態だと言っても、信じてくれないから

 説明するのに苦労しました( ̄▽ ̄)

寿司スシSUSHI。。。というものは彼らにとってまず魚やネタがシャリに乗った

ものでないと寿司という日本食のイメージから大きく外れてしまうというのが

良くわかりました!

作った時も、散らすものは寿司太郎の他に、人参、アボガド、お汁のために出汁を取った後の昆布、炒りごまくらい。錦糸卵は別の皿に盛ってビーガン対策も万全!!!

他にインスタント漬物と出汁を醤油で味を整えたお汁、豆腐の炒め物。

13人分の食事をほぼ全部自分で作り切りました。

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子供は錦糸卵だけをばくばく....とりあえずお粗末さまでした〜!

シャバットシャローム!!!

 

【番外編】

ナツメヤシの農園では始業が、0500や0600と時期によって違いはありましたが、

とにかく朝から早いので1000から1100まで朝食時間がです。

とにかくみんな飯が楽しみでなりません。日本の小学生かまるで!

朝食を作る係は特に毎日やると決まってはおらず、ローテーションでいろんな人が

二人組でやります。自分も希望を出したり、急遽前日に頼まれたりすることも

ありました。そこでもお好み焼きや卵焼きは簡単なので作りました。

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エチオピアユダヤ人のお母さんと

 

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豆腐20丁分!大型鉄板で豆腐と野菜炒め作ります

 ところでイスラエルのスーパーで豆腐は買えますが、

日本のとの違いはその硬さ!分厚いチーズのようにずっしりと重く包丁で切るのを一苦労しました。。。

こういうのは煮込みや炒め物が合いました。

 

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これはボランティアで食事当番したときのナ◯シカに登場するあの巨大キャラ

に似せて春雨炒めを盛ったもの。イスラエルでもジブリシリーズは人気ですが、

ナ◯シカはあまり知られていませんでした。なので、折角頑張ったのに、

誰にも気づいてもらえず.....

 

でもみんなうまい美味しいって言ってくれたよ!(⌒-⌒; )

次回は回想編日本のイベントに関して書こうと思います!

 

それではまたまたー

 

シナイ半島・モーゼ山に行ってきたよ!イスラエルに帰国だよ!(Final Day)

シャロームシャローム

 

シナイの旅もようやく最終日。

モーゼ山から朝日を無事拝めるわけですが、

 

美しい景色に言葉は要らない!多くを語る必要もない!

 

という自分の持論を展開し、写真メインでいきたいと思います。

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 東の空が真っ赤に染まってきました...

 

【モーゼ山頂上へ】

チャイ屋から山頂までは約30分ほどとイブラヒムから聞いていたので、

麓から登る人よりかなり余裕を持っての出発です。

 

05:00 外は夜中になって登ってきた月明かりで周りは青く見えます。

それでもヘッドライトは必須。

 

時折、地元からなのか地方からなのかエジプトの若者も登りにきているようで、

目が合うと挨拶してくれます。

他には、中国人(恐らく)のオバちゃんたち、ウクライナやロシアなどの東欧と欧米からの観光客少々と山頂にはそれほど人は多くありませんでした。

 

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日の出直前の山頂からの景色

 

時折、山頂直下のチャイ屋からベドウィンが寒さしのぎのために

毛布の貸し出しをしています。

 

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頂上の修道院 

 

途中、大学で日本語を勉強していたというウクライナ人から話しかけられながら、

待っていると太陽が上がってきました。

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観光客が少ないのでなかなか静かなシチュエーションの中、眺めることができました。

チャイ屋の兄ちゃんの話だと、IS等のテロ行為による影響で観光客が減るまでは、

500~1,000人ものひとが来ていた時期もあったそうです。

 

これまで歩いてきた方角を見渡しながら、トレッキングのルートや思い出を振り返ります。

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中国人のオバちゃんたちは若手のベドウィンに再び手を引かれて山を降りて行きました。

自分たちが寝たチャイ屋に戻るとイブラヒムは「おおーどうだった??」という

感じで茶しばいていました。

 

山を降りた後は、聖カトリーナ修道院にも立ち寄る予定があったので、

どんどん降りて行きます。

背後にモーゼ山が見えなくなってきた頃、麓に要塞のような壁に囲まれた

教会が姿を現しました。

 

カトリーナ修道院は、キリスト教正教会において世界最古の修道院でありながら、

現在もその機能を継続させている、エルサレムに次ぐ聖地の中の聖地。

修道院図書館はバチカン図書館の次に世界中の初期の写本や資料、手記の収集物を

収蔵しているとのことです。

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全体像は映画のセットのようでカッコ良く、周囲の壁は映画「薔薇の名前」や「トロイ」を思い起こさせます。

入場は無料ですが、修道院の本の一部しか見ることができず厳格に規律を守っているようでした。

イブラヒムに聞くと、欧米各国からの修道僧や地元のベドウィンも一緒に働いているとのことです。

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修道院を出ると駐車場には、懐かしき「監督」が車で来ていました。

6日前セントカトリーナ村に着いたことがまるで何週間も前のように思えます。

一旦フォックスキャンプに戻り、ガイド料や手数料を支払い少し村へ足を伸ばしてみます。

 

シナイで唯一買って帰りたかったのが、カフィーヤ(ターバン)。

しかもお土産屋ではなく、地元の布問屋とか雑貨屋で。

 

寂れた村でも必ずそういった店の一軒や二件はあるもの。

ようやく見つけ、キブツから持ってきたクスクスも値引きのために差し出し

50ポンド(約300円)で購入できました。

 

帰りは同じバンで同じようにハメッドがガンガン道路を飛ばしてタバ国境まで

帰ります。途中、お金を下ろすのとシュークに寄るためにヌエバという街により、

ついでにハメッドにコーヒーをご馳走になります。

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ベドウィン風のカフェ&チャイ屋

エイラットに着く頃には17時を過ぎ、暗くなってきました。

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帰ってきたよ!イスラエル!早くキブツに帰りたーい(^^)

 

再入国審査は特に問題なく済み、あっさり帰ってきました。

ちょうどキブツメンバーの人がエイラットの街にいたので、国境出た場所まで

車で迎えに来てくれて本当助かりました。

 

ありがとうイブラヒム、社長、監督。そして山中で出会った数々のベドウィンたち。

また会える日まで。

 

インシャアッラー