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フノノ旅する日記ブログ

The World is Wonderful!◯◯への一歩は必ず踏み出せる!

ホロコースト・メモリアルデイ

ヨム・ハショア
ホロコースト・メモリアルデイ

 

4月24日の今日はイスラエルでは、ナチスによりユダヤ人の大虐殺を追悼する
ホロコーストメモリアルデイでした。

 

 午前10時には全国で2分間サイレンが鳴り響き、黙祷を捧げました。
ナツメヤシ農園でも、全ての作業を止め、機械の上で働いている人は下まで降りしばし静寂な時間が流れました。
1週間レベルでラジオも全てのチャンネルからコマーシャルは消え、一日中静かめな音楽が流れ続けています。
チャンネルによってはホロコースト生還者による体験談を聞けることもあるそうです。

 昨日23日は、自分たち国際ボランティアに対しキブツメンバー二人がこの日がどういう意味、教訓を人々に与えてくれるのか、
またメンバーの一人は彼の母親がアウシュビッツからの生還者であることから、彼女から聞いた話などを語ってくれました。
少しキブツメンバーから聞いた、話を記したいと思います。

 

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 一人のメンバーの母親は、終戦が近づいて来た時期にアウシュビッツに送られたそうです。それまではナチスが収容所を管理していましたが、戦況が悪化してきたため管理の一部をハンガリー人に任せることにしたそうです。ナチスが管理をしていた頃は、収容する全てのユダヤ人の腕に番号を刺青で入れていましたが、大量に送られてくるユダヤ人を捌ききれなくなってきたことと、
いずれガス室送り等にするつもりだったこともあり、番号を入れなかったそうです。しかし、戦争が終結ソ連軍が収容所を解放したあと、連合国軍側に助けられた彼女はイスラエル建国後、決死の思いでイスラエルに船で渡ってきたそうです。その後、若者によるキブツ運動の中、自らもキブツを創設したそうですが腕に番号が無かったため周囲はアウシュビッツから生還したとは信じなかったそうです。このことにより彼女は家族にも戦争や収容所の体験を一切語ることは無かったとのことです。しかし、彼女が85歳の時、再びアウシュビッツを息子と訪れた際、上記の様な過去に起きたことを話し始めたと言います。

もう一人のキブツメンバーは私のホストファザーでした。
彼の育ったキブツにも腕に番号があるメンバーがいたそうです。
彼の父親は、欧州から出る南米向けのほぼ最後の船でなんとか戦火と虐殺の惨劇から逃れることができたそうです。
彼のキブツメンバーのある女性も生還者でしたが、壮絶な経験をしたことから何十年経ってもトラウマは消えることはなかったそうです。
 彼女はモーターバイクの音が聞こえると、物陰に隠れパニック状態になったと言います。その音はかつて自分たち女性を娼婦のように扱うナチスの上官が乗ってやってくる記憶を呼び起こすからだということでした。

 メモリアルデーについて二人とも言っていました、
「過去の大虐殺で犠牲になった人々を偲ぶことはもちろん大切だが、それよりも二度とあのような残虐行為に及ぶ人間に誰一人としてなってはいけない。みな『人間』にならなくてはいけない。ということを毎年思い返すための日だ。」

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6百万人が犠牲になったと言われるユダヤ人の追悼するため各家や公共の場でも6個の火が灯されます

 

 そしてサマールでは昨夜、子供から大人までほぼキブツメンバー全員が集合し、自分自信の思いや両親・親族の体験談、高校生の時アウシュビッツ収容所を訪れた時に感じたことなどを語り合う集会がありました。
集会でも感じましたがイスラエルに来て以降、常に思うことがあります。自分の両親がどこの出身であろうが、ユダヤ教徒であろうがなかろうが、自国の歴史や平和問題等に関して自分の思いや考えを話すとき、誰からも強い意思やそれぞれの特別な感情が込もっているように思います。

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この国は、日本社会とは比較すら困難なほど多様な問題を抱えすぎていると思います。イスラエルに住むということは、男女の兵役、テロ事件、隣国からの攻撃、中東情勢、宗教間の軋轢や争い、文化間の衝突、同民族間による政治的論争、これらが原因となり絶え間なく続く悲しみと憎しみの連鎖….
これら全てに誰もが触れざる得ない、考えざると得ない、もしくは当事者になる可能性を抱えながら日々の生活を送るということです。

 

 最後に我々ボランティアに対して、回答する必要は無いという条件付きで以下の質問をされました。

「あなたは軍からあるテロリストを捕獲する任務を任された指揮官です。自分の指揮する兵士を連れて、そのテロリストが家族と暮らす家に向かいます。居間には彼と彼の子供たちや妻、両親が団欒の時間を過ごしている時に突入しました。あなたは指揮官として部下の命を守る責任とテロリストを確保する任務がある中でテロリストは自分たちに銃を向けようとしています。今にも応戦しなければ部下が撃たれ死亡する危険性があり、自分は生き残っても部下を守ることができなかった責任を軍法会議で問われ刑務所に入る可能性もあります。

仮に銃撃戦になり自分あるいは部下が罪のない妻や子供を誤って打ったとしても指揮官としての責任を問われ軍法会議にかけられます。
この時、あなたならどうしますか?」